製作者のコメント
私は宮古で生まれ、宮古島で育ちましたが、高校を卒業して島を出るまでの間、宮古上布について触れる機会はほとんどなかったように感じます。
ただ、近所の路地の石垣に藍染めの糸がほしてあるのはよく見かけていました。
今思うと、きっとうちの近所にも上布を織っている家があったでしょう。あの頃もっとしっかり見ておけばよかったと今頃思ってもしかたのないことですが、ごつごつとした石灰岩の石垣の隙間に竹の棒を差し込んで濃紺の細い糸がジグザグに干してある風景は、今はもう消えてしまった幼い頃のふるさとの風景として大切に記憶の奥に残っています。
染織りとのはっきりした出会いは大学生になってからです。
私にとって幸運だったのは、沖縄本島での大学時代に織り染めの授業に出会い、織物や染色についての色々な素材や技法に触れる機会に恵まれたことでした。
この時期に染め織りものの奥深い世界の気配に触れる機会に恵まれたことが今に繋がっているのだと思います。
大学卒業後は、美術の勉強の続きで京都に進学し、機を織ることからは離れていましたが、そのかわり展覧会や博物館でなど、様々な機会に新しいものや古いもの、日本のものも含めて素晴らしい染め織り物をたくさん見ることが出来ました。
現在は、宮古上布に関わる仕事がしたくて宮古に戻り、運よく福樹工房にお世話になることが出来て、とても有難い環境の中で勉強させていただいています。
宮古上布は知れば知るほど難しいことが増える気がしますが、ものづくりというのはどこまでいってもそういうものなのでしょうし、だから面白くてやめられないのでしょう。
宮古上布の魅力は、なんといっても手績みの苧麻糸のすごさだと思いますが、本当にきれいな手績みの苧麻糸は使ってしまうのが勿体なくて困ってしまうくらいきれいです。
その大切な糸を台無しにしないように、デザインの力や染織りの技術をしっかり身につけたいと思っています。
長い間、この島で受け継がれてきた宮古上布を、無事に次の世代に受け渡すことができるのかどうか、いよいよ正念場なのかもしれません。
大変なことは覚悟して飛び込んだ世界ですが、飛び込んでみたら本当に大変なんだなということを実感する日々です。
でもやりたいことを仕事にできるというのは、それだけでとても幸せなことでしょう。
素朴で、そして神々しい苧麻糸に触れられることに感謝しつつ、力に秘めた美しい布が、この世に生れ出てくるための通り道になれるよう精進しようと思います。