|
(工房がじまる) |
|
|
羽地 真佐代
|
|
宮古上布は糸になるまでの工程が特に素晴らしいと思います。 |
手績みの糸を見るたび“どうしたらこんなことが出来るのだ |
ろう”と感動させられます。 |
今はまだ周りに助けてもらいながら、織っていっている状態 |
ですが、織り上がるまでの工程を自分で出来るようになれるよう |
努力したいと思っています。 |
|
|
|
製作者のコメント
私は沖縄の那覇で専業主婦をしていたのですが、主人の実家がこの“工房 がじまる”で、里帰りのときなどに機織りをしているところを見て“面白そうだな”と思っていました。
宮古島に引っ越してきたことで興味が湧き、始めたのが平成18年の頃です。それまで織物に関わったこともなくて宮古上布についても全く知らず、始めたての頃は道具の名前や専門用語などを覚えていくのがとても大変で、また、宮古の方言にも慣れていなかったのでとても苦労しました。とにかく無我夢中で織っていき、一反完成したときには“すごい!”と感動しました。
宮古上布の魅力は、手績みの苧麻糸と、そして年齢に制限のないところにあると思います。
1歳になる娘は織り機に座ることが好きらしく、そういう姿を見ていると“趣味でもいいから将来やってほしい”と感じます。
子どもたちが、私が織り機に向かっているときに“あと少しだよー、がんばれ”と言ってくれたり、織りあがったものを見せると“すごいねー”と褒めてくれたりするのがとても嬉しくて、励みになります。
苧麻が糸となり、糸が布となっていく過程は本当に素晴らしくて、そのことに少しでも関われていることを誇りに思います。
織っていて糸がたくさん切れてしまったときや、糸のテンションが分からないときにはもっと上手くなりたいと思います。こんなに細かい作業が私にも出来るのかと不安を感じることもありますが、周りに助けてもらいながら少しずつでも成長していきたいと思っています。何より、どんなに大変でも織ることの楽しさに勝つことは出来ないと思うので、始めたばかりで勉強することは山ほどありますが、自分のペースで学び、良い作品を作りあげていきたいです。
ゆくゆくは、織りあがるまでの工程が出来るようになりたいので、その為にも自分の出来る範囲のことを精一杯やりたいと思っています。
工房がじまる
羽地 真佐代さんと出会って
宮古島にお嫁に来て、宮古上布に興味をもったという真佐代さんに、初めてお会いしたのは工房の中だったのですが、そのときまで私は真佐代さんが、直子さんの息子さんとご結婚されていると知らなかったので、直子さんに“うちの次男の嫁だよー”と紹介されたときにはとても驚いてしまいました。
真佐代さんは最初少し緊張されているかなと感じたのですが、すぐに笑顔が見られ、自分の考えを一生懸命話してくださる方だったので、非常に好感を持ちました。
宮古上布の織りの音に一番初めに興味を抱いたのだという真佐代さん。
確かに織り機の音はとても耳に心地が良く、私も初めて聞いたときにはどこか懐かしいような気持ちになりました。幼いころに昔話の中で聞いた機の音は“カッタンパラリ、トンパラリ”というリズミカルなものでしたが、実際に聞く宮古上布の織りの音は宮古島の時間の流れのようにゆったりとしたもので、心が安らいでいくのを感じます。
あの穏やかな機の音を聞くと、この伝統を決して絶やしてはいけない、電子音に慣れた今の子供たちに聞かせてあげたいなと強く思います。
沖縄から宮古島に移り住んで宮古上布を始めた頃は、宮古島の方言が分からなくて苦労したという真佐代さんの話を聞いて、沖縄と宮古島にはそんなに言葉の違いがあるのかと驚いてしまいました。
大阪で生まれ育った私にとって、沖縄は本島と比べて文化や言葉の違いを感じることはありますが、沖縄の中でも島によって多少とはいえ言葉の違いがあるのだということを知り、とても興味深く思いました。
“どんなに大変でも織ることの楽しさに勝つことは出来ない。始めたばかりで勉強することは山ほどあるけれど、自分のペースで学び、良い作品を作りあげていきたい”
何をするにも苦労はつきもので、楽しいばかりではありません。
しかし、その苦労を乗り越えていくたび人は成長出来るのだと思います。
お話を通して、真佐代さんの芯の強さに感心させられたと同時に、そんな真佐代さんが今後織る宮古上布を心から楽しみに思う気持ちになりました。
一途に宮古上布に取り組む真佐代さんの織る宮古上布、そしてその機の音は、多くの人の心を動かしてくれるだろうと思います。
|
取材者・文/小池佳子 2008.09
|
|